- 薬局経営を考えるときに知っておきたい5つの領域
- 薬剤師としての専門性と経営スキルが同じものではない理由
- 財務・会計、制度、人材、地域ニーズ、経営戦略をどうつなげて考えるか
- 薬局開設者・薬局管理者について法令上どのようなルールがあるか
- 薬学生のうちに5領域をどこまで学んでおけばよいか
将来、自分の薬局を持ちたい。薬剤師として働くだけでなく、薬局経営にも関わってみたい。
そう考えたとき、薬剤師として必要な知識だけで薬局を経営できるのか、疑問に感じる人もいると思います。
私は薬剤師として調剤薬局チェーンに勤務した後、人事部長・経営企画部長として薬剤師採用、人事制度、経営企画などに携わってきました。現在は中小企業診断士・認定経営革新等支援機関として、調剤薬局を含む医療・介護事業者の経営支援にも関わっています。
その経験から感じるのは、薬剤師として医療を提供する力と、薬局という組織・事業を運営する力には、重なる部分もあれば別に学ぶ必要がある部分もあるということです。
この記事では、薬局経営を考える際に重要だと私が考えている知識を、次の5領域に整理します。
- 財務・会計
- 法律・制度
- 人材・労務管理
- マーケティング
- 経営戦略・リスク管理
この5領域は、薬局経営者に法律上求められる5つの資格・必須要件ではありません。
薬剤師、人事、経営企画、中小企業診断士としての実務経験を踏まえて、薬局経営の全体像を理解しやすいよう私が5つに整理したものです。
結論|薬局経営では薬剤師業務とは別に経営の視点も必要になる
薬局を運営するには、当然ながら薬剤師としての専門性が重要です。
一方で、経営者の立場になると、患者さんへの薬学的支援だけではなく、
- 毎月いくら売上があり、いくら費用が発生しているか
- 給与や仕入代金を支払えるだけの現金があるか
- 薬局開設や保険調剤に関する制度を満たしているか
- 必要な薬剤師・事務職員を採用し、継続して働いてもらえるか
- 地域でどのような薬局機能が求められているか
- 調剤報酬改定や人員不足などの変化にどう備えるか
といった問題も考える必要があります。
薬局は医療提供施設ですが、同時に、人を雇い、医薬品を仕入れ、設備へ投資し、毎月の支払いを続ける事業でもあります。
だからこそ、薬剤師としての知識に加えて、経営を数字・制度・人・地域・将来の変化から見る視点が必要になります。
薬局経営を考える5つの領域
私が整理している5領域を最初に一覧にすると、次のようになります。
| 領域 | 主に考えること | 薬学生が最初に知るなら |
|---|---|---|
| 財務・会計 | 売上、利益、費用、現金、借入、資金繰り | 売上と利益は違うと理解する |
| 法律・制度 | 薬局開設、保険薬局、薬機法、調剤報酬等 | 薬局には独自の制度があると知る |
| 人材・労務管理 | 採用、配置、教育、評価、労働時間、定着 | 人材も経営資源だと理解する |
| マーケティング | 地域需要、立地、患者ニーズ、提供する機能 | 地域によって必要な薬局機能が異なると知る |
| 経営戦略・リスク管理 | 将来予測、投資、制度変更、人材不足、BCP | 一つの前提に依存しすぎない |
この分類は公的に定められた薬局経営者の必修科目ではありません。
ただし、実際に薬剤師向けの薬局運営支援でも、近い領域が扱われています。
福岡県薬剤師会の薬局運営・事業承継支援事業では、薬局運営に必要なスキルの習得支援として、アカウンティング、ファイナンス、マーケティング、経営戦略、組織マネジメント、制度政策などを挙げています。
私が5領域に整理した内容とも、大きく重なる部分があります。
1.財務・会計|売上ではなく利益と資金繰りまで見る
最初に学びたいのが、財務・会計です。
薬局経営では、売上が大きければ経営が安定しているとは限りません。
売上からは、医薬品等費、人件費、家賃、システム費、設備費などさまざまな費用が発生します。
さらに、会計上利益が出ていても、その時点で十分な現金があるとは限りません。
経営者としては、少なくとも次の違いを理解しておく必要があります。
- 売上:事業から得た収益の規模
- 利益:売上等から費用を差し引いた結果
- 現金:実際に支払いへ使える手元資金
私は経営支援で薬局を見るときも、一つの数字だけでは判断しません。
売上、利益、費用、現預金、借入、今後の投資などを合わせて確認します。
財務・会計は、薬局経営を数字から確認するための共通言語と考えると分かりやすいでしょう。
薬局の売上・費用・利益がどのようにつながるのかは、次の記事で薬学生向けに整理しています。
調剤薬局はどうやって利益を出す?薬学生向けに売上・費用・利益の仕組みを解説
決算書そのものを読みたい場合は、こちらの記事へ進んでください。
薬局の決算書と経営指標の読み方|就職先の経営状態を数字で見る方法
2.法律・制度|薬局特有のルールを理解する
薬局経営は、一般的な小売業・サービス業とは異なり、医薬品や公的医療保険に関する制度の中で行われます。
そのため経営者には、少なくとも薬局経営と関係する制度の全体像を把握し、必要に応じて行政や専門家へ確認できる力が必要です。
代表的には、
- 薬機法
- 薬局開設許可
- 保険薬局の指定
- 健康保険法
- 調剤報酬
- 薬剤師・従業者の配置や管理
などがあります。
薬局開設者本人が薬剤師でなければならないわけではない
ここは誤解されやすいポイントです。
薬機法は、薬局開設者本人が薬剤師でない場合も想定しています。
薬局開設者が薬剤師である場合は、原則として自ら薬局を実地に管理します。ただし、その薬局に従事する別の薬剤師を管理者として指定することもできます。
開設者が薬剤師でない場合は、その薬局で薬事に関する実務に従事する薬剤師の中から管理者を指定し、薬局を実地に管理させる必要があります。
厚生労働省|医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
保険調剤を行うには保険薬局の指定も必要
薬局開設許可と、公的医療保険を使って調剤を行うための保険薬局指定は別の制度です。
地方厚生(支)局の案内では、公的医療保険の適用を受ける調剤を行うためには、あらかじめ開設者が地方厚生(支)局長による保険薬局の指定を受ける必要があるとされています。
薬局開設の手続きや立地、事業計画まで含めた全体の流れについては、次の記事で詳しく整理しています。
薬剤師が独立開業するためのロードマップ|資金・届出・立地・事業計画まで全解説
3.人材・労務管理|採用して終わりではなく組織をつくる
薬局は、人がサービスを提供する事業です。
薬剤師や事務職員を採用しても、それだけで安定した店舗運営ができるわけではありません。
経営者には、
- 採用
- 人員配置
- 教育
- 人事評価
- 労働時間や休日の管理
- 役割分担
- 定着
などを考える必要があります。
私は調剤薬局チェーンで人事部長として薬剤師の新卒・中途採用、人事制度などに携わってきました。
人事実務で採用や定着を考えるときは、給与だけを見るのではなく、役割、評価、配置、上司との関係、業務負荷、キャリアの見通しなど複数の要因を確認します。
すべての離職を経営者が防げるわけではありません。
一方で、採用難や離職が続けば、
- 求人・紹介会社等の採用費
- 新人教育にかかる時間
- 既存スタッフの業務負荷
- 店舗運営の安定性
にも影響します。
人材・労務管理は、単なるバックオフィス業務ではなく薬局経営そのものの一部です。
薬局では法令上必要な体制を満たしたうえで、業務量や提供するサービスに応じて人員配置を考える必要があります。
4.マーケティング|地域ニーズと薬局の機能を考える
マーケティングという言葉を聞くと、広告や集客を思い浮かべるかもしれません。
薬局経営で考えたいマーケティングは、それだけではありません。
地域にどのような医療需要があり、自分たちの薬局がどのような機能を提供するのかを考えることも重要なマーケティングです。
たとえば、
- 地域の人口構成
- 周辺の医療機関
- 在宅医療の需要
- 競合する薬局の状況
- 営業時間
- OTC・健康相談等への需要
- 医療機関・介護事業者等との地域連携
などを確認しながら、どのような薬局をつくるかを考えます。
在宅医療も、すべての薬局が同じ規模・方法で取り組めばよいわけではありません。
地域ニーズ、人員体制、必要な設備、移動時間、採算などを合わせて判断する必要があります。
マーケティングは、単に患者数を増やす方法ではなく、地域の需要と自分たちが提供できる機能を合わせるための考え方と捉えると理解しやすいでしょう。
5.経営戦略・リスク管理|変化に備えて選択肢を持つ
最後が、経営戦略とリスク管理です。
薬局を一度開設すれば、同じ環境がずっと続くわけではありません。
たとえば経営環境には、
- 調剤報酬改定
- 薬価改定
- 薬剤師・事務職員の採用環境
- 地域人口の変化
- 近隣医療機関の状況
- 医薬品供給の変化
- 災害や停電などの事業継続リスク
などがあります。
私は経営戦略について、将来を正確に当てることよりも、前提が変わったときに選択肢を持てる状態をつくることが重要だと考えています。
たとえば、一つの医療機関からの処方箋だけに依存している場合と、複数の機能・事業を持っている場合では、環境変化への影響も異なります。
だからこそ、
- どの事業に投資するか
- どこまで借入を行うか
- どの程度の現預金を残すか
- 人材をどのように確保するか
- 制度変更にどう対応するか
を継続して考える必要があります。
薬局開業時の資金・資金繰りについては、次の記事で詳しく整理しています。
薬局開業に必要な資金はいくら?初期投資・運転資金と資金計画を解説
薬学部でも薬局経営を学ぶ教育はある
薬局経営というテーマは、薬剤師として働き始めてから初めて学ぶものとは限りません。
文部科学省は6年制薬学教育の共通的な学修目標として薬学教育モデル・コア・カリキュラムを公表していますが、各大学ではそれに加えて特色ある教育も行われています。
たとえば摂南大学薬学部では、現在薬局経営コースを設けています。
大学公式サイトでは、薬局経営に必要な簿記やマネジメントを学び、薬局開設をシミュレートするフィールドワークを行うと説明されています。
大学によってカリキュラムは異なりますが、薬学教育の中でも経営・マネジメントを学ぶ選択肢は実際にあります。
自分の大学に経営系の授業、キャリア教育、選択科目などがある場合は、将来独立する予定がなくても一度確認してみるとよいでしょう。
薬学生は5領域を今すぐ習得する必要はない
ここまで読むと、薬学に加えて会計、法律、人事、マーケティング、経営戦略まで勉強しなければならないのかと感じるかもしれません。
在学中に5領域すべてを実務レベルまで身につける必要はありません。
薬学生の段階では、まず全体像を知るだけでも十分です。
| 領域 | 在学中ならここまでで十分 |
|---|---|
| 財務・会計 | 売上・利益・現金の違いを知る |
| 法律・制度 | 薬局には開設・保険調剤等の独自ルールがあると知る |
| 人材・労務管理 | 採用・教育・定着も経営課題だと知る |
| マーケティング | 地域によって必要とされる薬局機能が異なると考える |
| 経営戦略 | 制度・人材・地域環境が変わる前提で考える |
そして興味が出てきた分野から、一つずつ深めればよいと思います。
独立を考えている薬学生が在学中にできる具体的な準備は、次の記事で整理しています。
将来の独立を見据えて在学中にやっておくと良いこと5選|今日から始められる準備
よくある質問
- 薬局を経営するために中小企業診断士などの経営資格は必要ですか。
-
中小企業診断士などの経営資格は、薬局開設の法的要件ではありません。ただし、薬局を運営するうえでは財務、制度、人材、地域需要、経営戦略などを考える必要があります。資格を取ること自体よりも、自分に不足している知識を学び、必要に応じて税理士、社会保険労務士、行政機関などへ相談できることが重要です。
- 薬局開設者本人は薬剤師でなければいけませんか。
-
薬局開設者本人が必ず薬剤師でなければならないわけではありません。薬機法は、開設者が薬剤師でない場合も想定しています。その場合、その薬局で薬事に関する実務に従事する薬剤師の中から管理者を指定して実地管理させる必要があります。薬局開設には所在地を管轄する都道府県等からの許可が必要で、公的医療保険を使った調剤を行う場合は別途、保険薬局の指定も必要です。
- 薬剤師として優秀なら薬局経営もうまくいきますか。
-
薬剤師としての専門性は薬局運営の重要な土台ですが、経営ではそれ以外の能力も必要です。利益・資金繰り、人材採用、労務管理、制度対応、地域需要、投資判断など、薬剤師業務とは別の論点があります。臨床力と経営力を同じものとして考えず、それぞれ必要な知識を学ぶ方がよいでしょう。
- 薬学生のうちから5領域をすべて勉強した方がよいですか。
-
すべてを詳しく勉強する必要はありません。まず、薬局経営には財務・会計、制度、人材、マーケティング、経営戦略といった視点があることを知れば十分です。興味のある領域から入門書や大学の授業、実習先での観察などを通じて少しずつ学ぶとよいでしょう。
まとめ|まず薬局経営の全体地図を知る
薬局を経営するために、法律で定められた5つの経営スキルがあるわけではありません。
この記事では、私自身の薬剤師、人事、経営企画、中小企業診断士としての経験をもとに、薬局経営を見るための知識を次の5領域に整理しました。
- 財務・会計:利益と現金を数字で確認する
- 法律・制度:薬局特有のルールを理解する
- 人材・労務管理:採用・教育・配置・定着を考える
- マーケティング:地域ニーズと提供する薬局機能を考える
- 経営戦略・リスク管理:環境変化に備えて選択肢を持つ
この5つを学生のうちに完璧に習得する必要はありません。
ただ、薬局経営には薬剤師としての専門知識とは別の視点も必要だと知っておくだけで、実習先や就職先を見る角度は増えます。
まずは経営の全体地図を知り、必要になったときに一つずつ深めていく。
薬学生の段階では、それで十分だと私は考えています。
