- 全国28府県で奨学金返還支援制度が利用可能
- 制度は3類型に分けて理解するのが近道
- 申請は薬学部4〜5年生で事前認定が必要
奨学金返済の負担を自治体が肩代わりしてくれる制度をご存じですか
奨学金が数百万円も残っているけれど、就職先選びで返済負担を軽くする方法はないだろうか。薬学部生の皆さんから繰り返し相談を受けるテーマです。
少し想像してみてください。卒業後10年以上にわたって毎月5万円近くを返済し続ける生活を。実は厚生労働省の検討会資料によると、薬学部5・6年生のうち約35%が奨学金を利用し、返済予定総額の平均は650万円となっています(出典:厚生労働省「第12回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」令和4年7月)。
ここに救いの手があります。全国の都道府県が薬剤師の確保を目的に奨学金返還支援制度を整備している事実です。しかしその存在を知らないまま就職してしまう薬学部生が後を絶ちません。
私は薬剤師であり中小企業診断士でもあります。調剤薬局チェーンで人事部長を約4年間務め、現在は中小企業診断士として調剤薬局の経営コンサルティングにも従事しています。採用責任者として20社以上の薬剤師紹介会社とのやり取りを担当し、これまで多くの薬剤師の採用に携わってきました。
この記事では自治体制度の全体像と都道府県別の代表例を整理しつつ、申請前に押さえるべき判断軸を解説します。経営視点でも採用側視点でも有益な情報をまとめましたので、就活前の判断材料として活用してください。
自治体の奨学金返還支援制度の全体像【3つの類型を理解する】
結論から申し上げます。自治体の制度は大きく3つの類型に分かれます。これを理解せずに調べ始めると情報が散乱しがちです。
ひとつ目は病院薬剤師確保型です。地域医療介護総合確保基金を活用し、都道府県内の病院に一定期間勤務することを条件に支援する仕組みになります。山形県や青森県、三重県、長野県などが代表例です。
ふたつ目は産業人材確保型です。薬学部を含む理工系学部生の県内企業就職を促進するもので、富山県の制度が代表例となります。県内の中小・中堅企業への就職が条件となる点が特徴です。
3つ目は全業種型の若者定着支援になります。あおもり若者定着奨学金返還支援制度のように業種を限定せず県内就職を促進する仕組みです。
| 類型 | 病院薬剤師確保型 | 産業人材確保型 | 全業種型 |
|---|---|---|---|
| 主な目的 | 地域医療の薬剤師不足解消 | 県内産業の中核人材確保 | 若者の県内定着促進 |
| 対象学生 | 薬学部生中心 | 薬学部生・理工系学部生 | 業種や学部の制限なし |
| 対象就職先 | 県内の病院に限定 | 県内中小・中堅企業 | 県内事業者全般 |
| 代表的な自治体 | 山形県・三重県・青森県・長野県 | 富山県 | 青森県(あおもり若者定着) |
| 主な財源 | 地域医療介護総合確保基金 | 県と登録企業の出捐基金 | 県と登録企業の協力 |
出典:厚生労働省「薬剤師確保計画ガイドライン」および各都道府県公式情報をもとに筆者作成。自治体によっては複数の類型を並行運用しているケースもあります。
少し想像してみてください。あなたが今選ぼうとしている就職先の地域に、この3類型のうちどれが用意されているか。それを把握しているだけで、就活の選択肢は大きく広がります。
制度を支える財源の仕組み
地域医療介護総合確保基金は薬剤師確保のための予算で、国が3分の2を負担し都道府県が3分の1を負担する仕組みです(出典:日本病院薬剤師会「病院薬剤師確保の取組み手引き Ver2.0」2025年2月)。
つまり薬剤師不足の都道府県ほど制度の予算枠も手厚い傾向があります。経営視点で見ると、地方自治体が薬剤師確保に投じる予算は年々増加傾向にあるのです。
具体的に言えば、薬剤師偏在指標が低い県ほど制度が充実しています。厚生労働省の2023年3月発表データによると、薬剤師不足が最も深刻なのは福井県(指標0.74)でした。次いで青森県(0.78)、富山県(0.80)と続きます(出典:厚生労働省「第13回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」)。
採用に携わっていた頃の経験から強く感じることがあります。それは奨学金返還支援制度の存在を就活終盤まで知らない学生があまりにも多いという現実です。
採用側の視点では、制度を活用した応募者は地域医療への意欲が高く長期定着の見込みも立ちやすい傾向にあります。
奨学金は単なる借金ではありません。これからのあなたのキャリアを支える投資です。その返済を自治体が後押ししてくれる制度があるなら、活用しない手はないのです。情報を持つ者と持たない者の差が、卒業後10年間で数百万円という現実的な金額として表れます。
【保存版】都道府県別の主要な制度一覧と支援内容
代表的な制度について、公表されている公式情報を整理します。
| 都道府県 | 制度名 | 支援上限額 | 対象施設 | 主な条件 |
|---|---|---|---|---|
| 山形県 | 病院薬剤師奨学金返還支援事業 | 総額360万円(月5万円×最大6年) | 県内の病院 | 貸与期間の1.5倍勤務 |
| 三重県 | 薬剤師奨学金返還支援事業 | 総額120万円(年40万円×3年) | 県内の対象病院 | 人材育成プログラム3年受講 |
| 富山県 | 理工系・薬学部生対象奨学金返還助成制度 | 在学中の貸与額相当(最大9年間助成) | 県内中小・中堅企業 | 登録企業への就職 |
| 青森県 | あおもり若者定着奨学金返還支援制度 | 奨学金残額の2分の1まで | 県内事業者(業種制限なし) | 県内定着 |
| 青森県 | 病院薬剤師の奨学金返還支援事業費補助 | 月10万円相当を上限 | 県内の登録病院 | 対象病院への正規雇用 |
| 鳥取県 | 未来人材育成奨学金支援助成金 | 制度設計による(市町村と併用可) | 薬剤師職域を含む県内対象業種 | 県内定住・就業 |
| 公的機関 | JCHO薬剤師奨学金返還支援金貸与制度 | 総額600万円(年60万円×10年) | JCHO病院 | 入職時40歳未満 |
出典:山形県・三重県・富山県・青森県・鳥取県の各公式ホームページおよび地域医療機能推進機構(JCHO)公式情報。最新の募集要項は必ず各機関の公式ホームページでご確認ください。
山形県病院薬剤師奨学金返還支援事業
山形県内の病院に一定期間勤務することで奨学金返還を支援する制度です。月額5万円を上限とし年間最大60万円、最大6年間で総額360万円の支援を受けられます(出典:山形県公式ホームページ)。
返還免除を受けるためには奨学金貸与期間の1.5倍に相当する期間、県内病院に勤務する必要があります。山形県は厚生労働省の調査で病院薬剤師の偏在指標が0.60と全国でも厳しい状況にあるため、制度活用への期待が高い県です。
三重県薬剤師奨学金返還支援事業
県内の対象病院に正規雇用として就職し、人材育成プログラムを3年間受講することが条件となります。助成額は年最大40万円、3年間で最大120万円です(出典:三重県公式ホームページ)。
助成対象経費は薬学部5~6年次に貸与を受けた奨学金の返還分に限定されている点が特徴です。三重県薬務課の公表情報によれば、この制度は近年新設された比較的新しい支援策となっています。
富山県理工系・薬学部生対象奨学金返還助成制度
富山県の制度は他県と異なるユニークな仕組みです。県内中小・中堅企業への就職が条件で、6年制薬学部生の場合は第5学年から第6学年の2年間または第1学年から第6学年の6年間に貸与された奨学金が対象となります(出典:富山県公式ホームページ)。
ひとつ大切なポイントがあります。富山県の制度では登録企業と富山県が出捐した基金から助成が行われる点です。9年目までは前年度に返還した奨学金額に相当する額が助成されます。
青森県の二つの制度
青森県には目的別の2つの制度があります。
ひとつはあおもり若者定着奨学金返還支援制度です。業種制限がなく、奨学金残額の2分の1が上限で支援されます。
もうひとつは病院薬剤師の奨学金の返還支援事業費の補助です。県内病院が新規採用する薬剤師に奨学金返還支援を行う場合に、県が補助する仕組みになっています。補助基準額は月10万円相当を上限とし、勤続期間に応じて支給されます(出典:青森県公式ホームページ)。
鳥取県未来人材育成奨学金支援助成金
鳥取県は薬剤師職域を含む幅広い業種で奨学金返還支援を実施しています。市町村の助成と組み合わせることで、奨学金返済額の大部分が助成対象となる組み合わせも存在します(出典:鳥取県公式ホームページ)。
国立病院機構グループの制度も視野に入れる
自治体制度ではありませんが、独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)にも薬剤師奨学金返還支援金貸与制度があります。上限は年間60万円、総額600万円、10年間または40歳の年度末までの支援です(出典:地域医療機能推進機構公式ホームページ)。
選択肢の幅を広げるためには公的機関の制度も視野に入れるべきです。
その他の代表的な制度
日本学生支援機構(JASSO)が把握しているだけでも、奨学金返還支援制度を持つ都道府県は約28に上ります。中部地方では新潟・福井・山梨・石川・岐阜、近畿地方では和歌山・三重・兵庫、中国地方では山口・鳥取・島根・岡山、四国地方では徳島・香川・愛媛、九州地方では鹿児島・長崎・熊本・宮崎が代表例です(出典:日本学生支援機構2025年11月更新版)。
【中小企業診断士の視点】制度利用前に確認すべき4つの重要ポイント
経営視点で見ると、自治体制度を利用する前に事前に確認すべきポイントが4つあります。
まず一つ目は勤務年数の縛りです。多くの制度では奨学金貸与期間の1.5倍以上の県内勤務が必要となります。途中退職した場合に支援金の返還義務が生じる場合があるため要注意です。
次に大切なのが対象施設の限定範囲になります。たとえば病院薬剤師確保型では薬局やドラッグストアは対象外となるケースがほとんどです。一方で産業人材確保型では薬局や病院が対象外という逆のパターンも見られます。
3点目は他制度との併用可否です。山形県の制度ガイドによると、他の自治体制度や企業の奨学金返還支援制度との併用に制限がかかる場合があります。
最後の4点目は申請のタイミングになります。多くの自治体は薬学部4~5年生の段階で事前認定を受ける必要があるのです。卒業後に制度を知らなかったと気づいても、申請できない場合が多いという現実を覚えておいてください。
少し想像してみてください。実務実習で訪れた病院の指導薬剤師から、うちの県には返還支援制度があると教えてもらえれば、就職先選びの判断軸が大きく変わるはずです。
説明のための架空例:見落としで生じた損失
ここで説明のための架空のエピソードをひとつ紹介します。
ある薬学部生Aさんは奨学金約600万円を借りていました。出身は地方ですが、都市部の大手調剤薬局チェーンに内定をもらい就職を決めました。
しかし入社後、地元の同級生Bさんが県の奨学金返還支援制度を活用していると知ります。Bさんは出身県の病院に就職し、毎年60万円の支援を受けていたのです。6年間の支援総額は最大360万円となります。
Aさんの初任給は確かに高く、初年度の手取りベースではAさんが上回りました。しかし生涯収支で計算すると、奨学金返済負担を含めた場合に大きな差が生じる可能性があったのです。
これはあくまで架空の説明例です。それでも就活時の情報収集が将来の経済状況を左右する典型的なパターンを示しています。
申請手続きの流れと注意点【採用側の視点も交えて解説】
申請の流れは自治体ごとに異なりますが、概ね次のステップで進みます。
| ステップ | タイミング | 実施内容 | 確認すべき注意点 |
|---|---|---|---|
| ステップ1 | 薬学部4〜5年生 | 都道府県の制度に事前認定申請 | 募集期間と募集人数の枠 |
| ステップ2 | 5〜6年生 | 制度対象施設への就職活動 | 対象施設の登録状況 |
| ステップ3 | 就職後 | 支援金の交付申請 | 必要書類と提出期限 |
| ステップ4 | 勤続中〜完了時 | 継続勤務と完了報告 | 途中退職時の返還義務 |
出典:各都道府県公式ホームページおよび日本病院薬剤師会「病院薬剤師確保の取組み手引き Ver2.0」(2025年2月)をもとに筆者作成。詳細な申請スケジュールは各都道府県の公式ホームページでご確認ください。
ステップ1は事前認定申請です。薬学部4~5年生のうちに希望する都道府県の制度に事前認定を申請します。
ステップ2は対象施設への就職活動になります。事前認定を受けた学生は、制度対象施設への就職を本格的に進めます。
ステップ3は就職後の支援金交付申請です。実際に対象施設へ就職した後、勤務開始月から支援金が交付されます。
ステップ4は継続勤務と完了報告になります。所定の勤務年数を達成すると返還免除や支援終了の通知を受け取れます。
採用に携わっていた頃の経験から申し上げます。自治体制度を活用する応募者と活用しない応募者との間で、企業側の対応に差が出ることはほぼありません。
ただし制度対象施設として登録されている病院・薬局は、薬剤師確保への意欲が高い傾向にあります。経営の視点では、人材確保に積極的な施設は教育研修体制も整っていることが多いのです。
【専門家として申し上げます】制度を就活戦略に組み込む考え方
制度活用は奨学金返済の負担軽減という直接的な効果に加え、就活戦略上の3つの副次的メリットがあります。
ひとつ目は出身地への帰郷を経済的に支える効果です。地方出身者が地元に戻る判断材料として制度が機能します。
ふたつ目は病院薬剤師というキャリアパスを現実的に検討できる効果になります。厚生労働省関連のデータでは20~30代では病院薬剤師の方が薬局薬剤師より給与水準が低い傾向にあります(出典:日本病院薬剤師会2025年資料)。制度活用により病院就職への経済的ハードルが下がります。
3つ目は地域医療の中核を担う立場としてのキャリア形成です。薬剤師不足地域での経験は、後のキャリアにおいて貴重な財産となります。
業態選びは経営構造から考えるべきです。制度を持つ自治体は医療資源の偏在に対する強い問題意識を持っています。地方の中核病院で経験を積むキャリアパスは、生涯賃金や専門性の観点で長期的に有利に働く場合もあります。
このように、奨学金返還支援制度は単なる返済軽減ツールではありません。あなたのキャリア設計を支える経済的基盤と位置付けるべきです。
よくある質問(FAQ)
- 自治体の奨学金返還支援制度はいつから申請すればよいですか?
-
多くの自治体では薬学部4〜5年生の段階で事前認定の申請が必要です。卒業後に制度を知っても申請できないケースが多いため、5年生の春頃までに出身県と就職を検討している都道府県の公式ホームページを確認することをおすすめします。三重県や山形県などは年度ごとに募集期間が定められており、定員制となっています。
- 病院薬剤師確保型と産業人材確保型はどちらが有利ですか?
-
どちらが有利かは、あなたが希望する業態によって変わります。病院薬剤師として地域医療に貢献したい方は山形県・三重県・青森県などの病院薬剤師確保型が適しています。製薬企業や調剤薬局チェーンへの就職を検討する方は富山県の産業人材確保型が候補です。なお産業人材確保型は対象施設の登録状況によって利用可否が変わります。
- 自治体制度と企業の奨学金返還支援制度は併用できますか?
-
自治体によって対応が異なります。山形県の制度ガイドによれば、他の自治体制度や企業の奨学金返還支援制度との併用に制限がかかる場合があります。一方で青森県の制度のように県が病院経由で補助する仕組みでは、病院独自の支援と組み合わせられるケースもあります。応募前に各都道府県の募集要項で併用可否を確認してください。
あなたの選択肢は、思っているよりずっと広い
奨学金約650万円という平均返済予定額は確かに大きな負担です。しかしその負担を緩和する制度は全国に数多く用意されています。
6年間学んできたあなたの専門知識は、これからの地域医療や産業界で必要とされています。あなたが今悩んでいることは、薬学部生なら多くが通る道です。
少し想像してみてください。卒業時のあなたの財布の中身。そして10年後のあなたの財布の中身。今日の30分の情報収集が、その金額を数百万円単位で変える可能性があります。
まずは出身県と就職を検討している都道府県のホームページで奨学金返還支援と検索してみてください。そこから新しいキャリアの可能性が開けるはずです。

