就職先を調べていると、売上高、営業利益、純資産、自己資本比率といった数字を目にすることがあります。
ところが、薬学部の授業では薬理・薬剤・病態などを学んでも、会社の決算書を読む機会はそれほど多くありません。
そのため、数字を見つけても「売上が大きいから安定しているのだろうか」「赤字なら就職しない方がよいのだろうか」と、どう解釈すればよいか迷うことがあります。
最初に結論です。
決算書は、就職先の良し悪しを一つの数字で判定するための資料ではありません。会社がどのようなお金の状態にあるのかを理解し、次に確認したいことを見つけるための資料です。
私は、調剤薬局チェーンで人事・経営企画に携わり、現在は中小企業診断士として経営分析・経営支援にも関わっています。
この記事では、簿記を学んだことがない薬学生でも読めるように、決算書の基本と、最初に知っておきたい3つの経営指標を整理します。
- 損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)の違いを説明できる
- 自己資本比率・売上高営業利益率・流動比率が何を表すか分かる
- 1年だけでなく数年間の変化を見る理由が分かる
- 決算情報をEDINETや決算公告で探す基本を理解できる
- 決算書から分かることと、分からないことを区別できる
本記事は特定の企業・医療機関への就職を勧めたり、財務数値だけで勤務先を評価したりすることを目的としていません。財務指標の定義や公的統計で確認できる事実と、運営者の実務経験に基づく見方を分けて説明します。
決算書は就職先の合否判定表ではない
決算書を読めるようになると、会社について分かることは増えます。
- どのくらい売上や利益が出ているか
- どのくらい資産や負債を持っているか
- 純資産がどの程度あるか
- 数年間で数字がどう変化しているか
一方で、決算書だけでは分からないことも多くあります。
- 自分が配属される店舗の人員体制
- 新人教育の実際の運用
- 職場の人間関係
- 自分の将来の昇給額
- 会社が5年後、10年後に必ず存続しているか
財務状態が良好でも、仕事内容や働き方が自分に合わないことはあります。
反対に、ある年度に利益が減ったからといって、それだけで会社の将来を決めつけることもできません。新規出店、設備投資、事業再編など、数字が動く理由はさまざまだからです。
決算書は会社を断定するためではなく、会社について一つ多い角度から理解するために使う。
薬学生の就職先研究では、この位置づけが分かりやすいと考えています。
まずPLとBSの違いを知る
決算書を初めて読む場合、最初から細かな勘定科目を覚える必要はありません。
まず、PLとBSは何を表しているのかだけ区別します。
財務省の法人企業統計でも、損益計算書(P/L)から売上や利益、貸借対照表(B/S)から資産や負債の状況を把握できると説明されています。
財務省|法人企業統計調査とは何ですか。どのようなことが分かりますか
PL|一定期間にどれだけ収益・費用・利益が出たかを見る
PLは損益計算書です。
一定期間について、会社がどのくらい収益を得て、どのくらい費用を使い、最終的にどのくらい利益または損失が出たのかを示します。
| 見る言葉 | 薬学生向けの意味 |
|---|---|
| 売上高・収益 | 事業によって得た収益の規模 |
| 営業利益 | 本業から生じた利益 |
| 当期純利益 | 税金等も含めた後に最終的に残った利益 |
売上が増えていても、費用がそれ以上に増えていれば利益は減ることがあります。
そのため、売上高だけを見て経営状態を判断しないことが最初のポイントです。
BS|決算日時点で何を持ち、何を負っているかを見る
BSは貸借対照表です。
ある時点で、会社がどのような資産を持ち、その資金を負債や純資産によってどのように調達しているのかを示します。
| 区分 | 考え方 |
|---|---|
| 資産 | 現金・預金、売掛金、建物、設備など会社が持つもの |
| 負債 | 借入金、買掛金など将来支払う必要があるもの |
| 純資産 | 資産から負債を差し引いた部分を構成する区分 |
会社の規模が同じでも、負債と純資産の構成は違います。
この違いを見るために、後ほど自己資本比率を使います。
CF|公開されている場合は現金の流れを見る
有価証券報告書などでは、キャッシュ・フロー計算書(CF)を確認できる場合があります。
ここでは、営業活動、投資活動、財務活動などによって現金がどのように増減したかを確認できます。
ただし、就職候補となる中小薬局について、PL・BS・CFのすべてを必ず入手できるわけではありません。
入手できる資料の範囲で読むことを前提にしてください。
薬学生が最初に覚えたい3つの経営指標
PLとBSの基本が分かったら、数字を比率にして見てみます。
財務指標は非常に多くありますが、薬学生が最初に財務リテラシーを学ぶのであれば、私は次の3つから始めると理解しやすいと考えています。
| 指標 | 主に見ること |
|---|---|
| 自己資本比率 | 財務の安定性 |
| 売上高営業利益率 | 本業の収益性 |
| 流動比率 | 短期的な支払能力 |
財務省も、売上高営業利益率を収益性、流動比率・自己資本比率を安定性に関する財務指標として整理しています。
財務省 財務総合政策研究所|法人企業統計からみえる企業の財務指標
なお、財務指標の定義は資料によって異なる場合があります。以下では、財務省の法人企業統計に示された算式を基準に説明します。
自己資本比率|財務の安定性を見る
財務省の法人企業統計では、自己資本比率を次のように計算しています。
自己資本比率 =(純資産-新株予約権)÷ 総資本 × 100
総資本のうち、返済義務のある負債ではなく自己資本で構成される割合を見るための指標です。
一般には比率が高いほど財務の安定性を考える材料になります。
ただし、自己資本比率が高ければ必ず良い就職先、低ければ危険な就職先という意味ではありません。
企業の成長段階、設備投資、M&A、事業構造などによって負債の持ち方は変わります。
売上高営業利益率|本業の収益性を見る
売上高営業利益率は次の式です。
売上高営業利益率 = 営業利益 ÷ 売上高 × 100
売上に対して、本業からどの程度の営業利益が出ているかを見る指標です。
ここでも、何%なら合格という全国共通の線は置きません。
業種や企業規模によって利益構造が違うため、同じ会社の数年間の変化や、比較可能な同業・同規模企業との違いを見る方が重要です。
流動比率|短期的な支払能力を見る
流動比率は次の式です。
流動比率 = 流動資産 ÷ 流動負債 × 100
流動資産は比較的短い期間で現金化・回収される資産、流動負債は比較的短い期間で支払いが必要になる負債です。
そのため、短期的な支払能力を考える材料になります。
ただし流動資産の中身によって換金のしやすさは違います。
流動比率の数字だけを見て、資金繰りに問題がないと断定することも避けます。
財務省 財務総合政策研究所|法人企業統計における財務営業比率の算式
1年の数字だけで判断せず、数年間の変化を見る
財務指標を覚えた後に、私が特に重視したいのが推移です。
例えば、ある年の営業利益が減っていたとしても、その数字だけでは理由が分かりません。
- 新しい店舗を出した
- 設備やシステムへ投資した
- 人材採用を増やした
- M&Aや事業再編を行った
- 既存事業の採算が悪化した
など、複数の可能性があります。
- 今期の数字を確認する
- 過去数年の数字と比べる
- 大きく変化した項目を見つける
- なぜ変化したのかを公開資料で確認する
中小企業庁の中小企業実態基本調査では、中小企業全般の財務情報・経営情報が継続的に調査されています。
2026年6月29日には、令和6年度決算実績を対象とした令和7年調査の確報が公表されました。
こうした統計は、個別企業を合否判定するためではなく、業種・規模などによって財務構造が違うことを理解する比較材料として使います。
薬局では売上と利益を分けて考える
薬局の決算書を見るときにも、売上規模と利益を同じものとして扱わないことが重要です。
厚生労働省の第25回医療経済実態調査では、保険薬局について収益、給与費、医薬品等費、その他の経費、損益差額などが別々に調査されています。
法人保険薬局1,018施設の令和6年度平均損益差額率は4.9%でしたが、これは調査対象となった法人薬局の平均です。
4.9%を個別薬局の適正利益率や、就職先を評価する合格ラインとして使うことはできません。
薬局の売上・薬剤料・技術料・医薬品等費・人件費がどのようにつながって利益になるのかは、調剤薬局はどうやって利益を出す?薬学生向けに売上・費用・利益の仕組みを解説で詳しく整理しています。
決算情報はどこで確認できる?
会社によって、公開されている財務情報の量は大きく異なります。
特に、上場・非上場という言葉だけで決めるより、どの開示制度の対象になっている会社かを確認することが大切です。
有価証券報告書を提出する会社ならEDINETを確認する
金融庁のEDINETでは、有価証券報告書などの法定開示書類を検索・閲覧できます。
有価証券報告書では、財務諸表だけでなく、事業内容や従業員情報、事業等のリスクなども確認できます。
ただし、会社全体の数字と、自分が薬剤師として配属される店舗・職種の実態は同じではありません。
この記事では財務の基礎に絞り、有価証券報告書の具体的な読み方は別の実践記事で扱います。
非上場の株式会社では決算公告が見つかる場合がある
株式会社には決算公告に関する制度があります。
法務省は、決算公告について、株式会社では貸借対照表、大会社では貸借対照表および損益計算書の公告に関する制度を案内しています。
ただし、公告方法や掲載場所は会社によって異なり、就活生が検索すれば必ず簡単に見つかるというものではありません。
自社サイトなどで決算公告が公開されている場合に、読める範囲で確認するという使い方で十分です。
決算情報が少ない勤務先を危険と決めつけない
就職候補が中小の薬局の場合、上場企業ほど詳細な情報を公開していないことがあります。
ここで注意したいのは、
公開されている財務情報が少ない = 経営状態が悪い
とは判断できないことです。
会社の規模や開示制度によって、入手できる情報量そのものが違います。
財務情報を十分に比較できない場合は、無理に数字で順位をつけず、採用情報、仕事内容、教育、配属、働き方など、確認できる別の情報を合わせて判断してください。
就職先について何を調べ、どこまで比較するかは、薬学部生の就職先研究のやり方で整理しています。
5分でできる決算書ミニワーク
ここまで学んだら、数字を見たときにすぐ結論を出さない練習をしてみます。
次のA社・B社は説明のための架空例です。
| 項目 | A社 | B社 |
|---|---|---|
| 売上高 | 3年連続増加 | 3年間ほぼ横ばい |
| 営業利益 | 3年連続減少 | 3年間ほぼ横ばい |
| 自己資本比率 | 低下傾向 | 大きな変化なし |
| 流動比率 | 低下傾向 | 大きな変化なし |
1分目|どの数字が気になるか
まず、A社とB社を見て気になった変化を一つ書いてください。
例えばA社なら、売上は増えているのに営業利益が減っている点が気になるかもしれません。
2~3分目|何が起きた可能性があるか考える
次に、理由としてどのような可能性があるか考えます。
- 新規出店で費用が増えた
- 人材採用や賃上げで人件費が増えた
- 設備投資を行った
- 既存事業の採算が悪化した
この段階では、まだどれが正解か分かりません。
4~5分目|この表だけで就職先を決められるか
最後に考えたいのが、この質問です。
この4つの数字だけで、A社とB社のどちらへ就職すべきか決められるでしょうか。
答えは、決められません。
まず数字が変化した理由を調べる必要があります。
さらに、仕事内容、教育、勤務地、配属、給与条件など、就職先として別に確認する情報もあります。
数字を見る → 疑問を持つ → 理由を調べる → 他の情報と合わせて判断する。
この順番が、財務情報を就職先研究へ使う基本です。
このワークでは、A社・B社のどちらが正解かを当てることを目的にしません。
学生が数字から仮説を考え、その仮説を確定事実と混同せず「次に何を調べる必要があるか」を言語化することを目的としています。
ここからは採用・経営企画・経営支援の実務からの見方
ここまで説明した財務指標の定義は、公的資料に基づくものです。
ここからは、薬剤師として勤務し、調剤薬局チェーンの人事・経営企画、中小企業診断士として経営支援に携わってきた私自身の見方です。
私は会社の数字を見るとき、一つの比率に合格ラインを設定するよりも、数字がどの方向へ動き、その理由をどこまで説明できるかを重視しています。
例えば、売上増加と同時に営業利益率が下がっている場合でも、それだけで悪化と決めません。
新規出店、採用、賃上げ、システム投資など、将来のための支出が先に増えている可能性もあるからです。
反対に、一時点では利益が出ていても、数年間ずっと利益や自己資本が減少しているなら、なぜそうなっているのかは確認したくなります。
決算書を読む価値は、会社に点数をつけられることではなく、数字を見なければ思いつかなかった疑問を持てることだと考えています。
就職先研究では財務だけでなく仕事内容・教育・働き方も見る
決算書を読めるようになっても、就職先研究が財務分析だけで完結するわけではありません。
薬学生が実際に働くうえでは、
- どのような業務を経験できるか
- 新人教育はどのように行われるか
- 配属や異動はどう決まるか
- 給与・休日・勤務時間などの条件
- 自分の目指すキャリアとの接点
も重要です。
就職先研究の全体像を整理したい場合は、薬学部生の就職先研究のやり方もあわせて確認してください。
よくある質問
- 簿記の知識がなくても決算書を読めますか?
-
最初からすべての勘定科目を理解する必要はありません。まずはPLとBSの違い、自己資本比率・売上高営業利益率・流動比率の意味から始めれば、公開されている財務情報を読む入口になります。
- 自己資本比率が高い会社なら良い就職先ですか?
-
自己資本比率は財務の安定性を見る指標の一つですが、それだけで就職先の良し悪しは決まりません。企業の事業内容、成長段階、数年間の変化、仕事内容、教育、労働条件などを合わせて確認してください。
- 赤字の会社は就職先から外した方がよいですか?
-
一年度の赤字だけで判断することはおすすめしません。新規出店、設備投資、事業再編などによって一時的に利益が減る場合もあります。過去数年の推移と、数字が変化した理由を確認することが重要です。
- 決算情報が見つからない薬局は危険ですか?
-
決算情報が見つからないことだけで経営状態が悪いとは判断できません。会社の規模や開示制度によって公開される情報量は異なります。入手できる情報の範囲で確認し、仕事内容や教育、勤務条件など別の情報も合わせて判断してください。
- 有価証券報告書の売上高は、自分が働く店舗の売上ですか?
-
通常は会社や企業グループなど一定の報告単位の数字であり、自分が配属される店舗の売上を示すものではありません。会社全体の数字と、個別店舗・薬剤師職の実態を分けて理解する必要があります。
まとめ|決算書は会社を決めつけるためではなく、理解するために読む
薬学生が初めて決算書を読むなら、難しい財務分析から始める必要はありません。
- PLは一定期間の収益・費用・利益を見る
- BSはある時点の資産・負債・純資産を見る
- 公開されていればCFで現金の流れも確認する
- 自己資本比率で財務の安定性を見る
- 売上高営業利益率で本業の収益性を見る
- 流動比率で短期的な支払能力を見る
そして最も大切なのは、一つの数字を見て会社の結論を出さないことです。
数年間の変化を見る。変化した理由を調べる。財務情報だけでは分からない仕事内容・教育・働き方も確認する。
決算書を読めるようになることは、就職先を疑うためではありません。
自分がこれから働く組織が、どのようなお金の流れで成り立っているのかを理解するための基礎教養の一つとして使ってみてください。
薬局の売上・費用・利益の仕組みを先に理解したい場合は、次の記事へ進んでください。
就職先研究全体で何を調べるか整理したい場合はこちらです。
主な一次資料
- 財務省 財務総合政策研究所|法人企業統計からみえる企業の財務指標
- 財務省 財務総合政策研究所|法人企業統計における財務営業比率の算式
- 中小企業庁|中小企業実態基本調査
- 厚生労働省|第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告
- 金融庁|EDINET閲覧サイト
- 法務省|電子公告制度について
制度・統計は2026年9月10日時点で確認しています。財務指標の定義や開示内容は資料・制度によって異なる場合があるため、実際に利用する際は各一次資料の最新情報を確認してください。
