- 将来独立したい薬学生が、在学中にどこまで準備すればよいか
- 会計・薬局経営・開業資金について、学生のうちに知っておきたいこと
- 実務実習を薬局運営への理解にもつなげる方法
- 開業資金を学生時代から全額貯める必要がない理由
- 将来に向けて信頼できる相談先を増やす考え方
将来は自分の薬局を持ちたい。
そう考えていても、薬学生の段階で何から始めればよいのか分からない人は多いと思います。
物件を探すべきなのか。開業資金を貯めるべきなのか。簿記や経営を本格的に勉強するべきなのか。
私は薬剤師として調剤薬局チェーンに勤務した後、人事・経営企画に携わり、現在は中小企業診断士・認定経営革新等支援機関として調剤薬局を含む医療・介護事業者の経営支援にも関わっています。
その立場から考えると、薬学生のうちから本格的な開業準備を始める必要はありません。
むしろ在学中は、CBT、実務実習、卒業研究、薬剤師国家試験など、薬剤師になるための学修を優先するべき時期です。
ただし、将来の選択肢として独立を残したいのであれば、経営について知るための準備は学生のうちから低コストで始められます。
私がおすすめするのは、次の5つです。
- 会計と数字の基礎に触れる
- 薬局の収益構造と調剤報酬の全体像を知る
- 開業資金と資金調達の考え方を知る
- 実務実習で薬剤師業務と薬局運営のつながりにも目を向ける
- 信頼できる相談先を増やす
結論|在学中は開業準備より経営を知る準備で十分
薬学生のうちに、物件を探したり、融資を申し込んだり、具体的な開業計画を完成させたりする必要はありません。
開業する時期も地域も、卒業後の経験も決まっていない段階では、具体的な事業計画を作っても前提が大きく変わる可能性があります。
一方で、経営の基本的な考え方を知っておくことは無駄になりにくいです。
| 本格的な開業準備 | 在学中にできる準備 |
|---|---|
| 物件を契約する | 会計の基礎を知る |
| 融資を申し込む | 自己資金・融資・運転資金の関係を知る |
| 開業許可等を申請する | 薬局に独自の制度があると知る |
| 従業員を採用する | 人材も薬局経営の重要な要素だと知る |
| 事業計画を確定する | 薬局の売上・費用・利益の仕組みを知る |
| 専門家と契約する | 信頼できる相談先を少しずつ増やす |
今すぐ独立する準備ではなく、将来独立を考えたときに理解できる土台を作っておく。
在学中はこの程度で十分だと私は考えています。
1.会計と数字の基礎に触れる
最初におすすめしたいのが、会計の基礎に触れることです。
薬局経営では、薬剤師として患者さんへ医療を提供する一方で、事業として売上・費用・利益・現金を管理する必要があります。
薬学生の段階で難しい財務分析までできる必要はありません。
まずは、
- 売上と利益は違う
- 利益と手元の現金も違う
- 設備を買えば現金が減る
- 借入には返済が必要になる
- 人を雇えば毎月人件費が発生する
といった基本を理解するだけでも十分です。
簿記の入門書や動画などを使って、損益計算書や貸借対照表という言葉を一度見ておくだけでも、社会に出てから経営の話を理解しやすくなります。
決算書を分析できるようになることではなく、「売上・利益・現金は別の数字」と理解できれば十分です。
薬局の売上・費用・利益そのものは、次の記事で薬学生向けに詳しく整理しています。
調剤薬局はどうやって利益を出す?薬学生向けに売上・費用・利益の仕組みを解説
薬局の決算書を具体的に見る方法を知りたい場合はこちらです。
薬局の決算書と経営指標の読み方|就職先の経営状態を数字で見る方法
2.薬局の収益構造と調剤報酬の全体像を知る
次に、薬局がどのような仕組みで売上を得ているのかを知っておくと、薬剤師の仕事と薬局経営がつながって見えるようになります。
保険薬局の調剤報酬は国が定める点数に基づいており、薬剤料や技術料などによって構成されています。
また、診療報酬改定によって、どのような薬局機能や薬剤師業務を評価するかも見直されます。
2026年度改定では、地域の医薬品供給拠点としての薬局機能を評価する地域支援・医薬品供給対応体制加算が設けられるなど、薬局に関する評価体系も変更されています。
薬学生が点数や施設基準をすべて暗記する必要はありません。
まずは、
- 薬局の売上は薬の値段だけではない
- 薬剤師が行う業務にも点数が設定されている
- 薬局の体制や地域医療への対応も調剤報酬で評価される場合がある
- 制度改定によって評価される業務や点数は変わる
ことを理解しておけば十分です。
調剤報酬の基本構造はこちらで詳しく説明しています。
調剤報酬の基本を30分で理解する|新卒薬剤師が知るべき薬局の収益構造
加算について知りたい場合は、2026年度制度をこちらで整理しています。
3.開業資金と資金調達の考え方を知る
将来独立したいからといって、学生時代から薬局開業資金を全額貯める必要はありません。
重要なのは、開業資金がどのような構造になっているのかを知ることです。
たとえば薬局を開業する場合には、
- 物件関連費
- 内装
- 調剤設備・システム
- 医薬品在庫
- 採用費
- 開業後の運転資金
などが必要になります。
そして資金は自己資金だけでなく、融資や設備リースなどを組み合わせることがあります。
日本政策金融公庫の2025年度新規開業実態調査では、調査対象となった新規開業企業の平均資金調達額に占める自己資金は22.9%でした。
ただし、これは薬局限定の数字でも、融資を受けるために必要な最低自己資金比率でもありません。
日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金にも、一律に自己資金○%以上という利用条件は示されていません。
したがって薬学生の段階では、開業資金を何百万円貯めなければならないと決める必要はありません。
自己資金、融資、運転資金、毎月の返済などを組み合わせて資金計画を作るものだと知っておけば十分です。
薬局開業に必要な資金と資金繰りについては、次の記事で詳しく解説しています。
薬局開業に必要な資金はいくら?初期投資・運転資金と資金計画を解説
4.実務実習は学修を最優先し、薬局運営にも目を向ける
薬局実務実習は、薬局経営を調査するための場ではありません。
文部科学省は、薬学教育モデル・コア・カリキュラムと「臨床における実務実習に関するガイドライン」を示しており、実務実習は薬剤師として必要な資質・能力を身につけるための臨床教育として位置づけられています。
まずは大学と実習施設が設定した学修目標に沿って、薬剤師業務を学ぶことが最優先です。
そのうえで、指導薬剤師から説明を受けられる範囲で薬局運営にも目を向けると、薬剤師業務と経営のつながりを理解しやすくなります。
実習で目を向けてみたいこと
- 処方箋を受け付けてから服薬指導までの業務フロー
- 薬剤師と事務職員の役割分担
- 医薬品在庫をどのように管理しているか
- 在宅医療へどのように対応しているか
- 医療機関・介護事業者等とどのように連携しているか
- 薬剤師が疑義照会や処方提案をどのように行っているか
- 安全に業務を行うためにどのような仕組みを設けているか
こうした点を見ると、薬局が薬剤師一人の力だけではなく、多くの人・仕組み・設備によって運営されていることが分かります。
非公開の経営情報を調べる必要はない
薬局経営に興味があっても、実習中に非公開情報を独自に調べる必要はありません。
たとえば、
- 患者個人を特定できる情報
- 非公開の売上・利益
- 医薬品の仕入条件
- 従業員の給与・人事情報
- 社外秘の経営資料
などを経営学習のために収集・記録するものではありません。
実習施設のルールを守り、指導者が説明してくれる範囲で学ぶことが前提です。
- 薬剤師としての学修目標を達成する
- 患者さんと医療に対する責任を学ぶ
- 薬剤師業務を支える薬局の仕組みにも関心を持つ
5.信頼できる相談先を増やす
独立について一人で考え続ける必要もありません。
将来実際に開業を検討する段階では、薬剤師以外の専門知識も必要になります。
たとえば、
- 大学の教員
- 実習先・勤務先の薬剤師
- 独立経験のある薬剤師
- 同級生や先輩・後輩
- 税理士
- 社会保険労務士
- 中小企業診断士
- 金融機関
など、立場の異なる人へ相談することになります。
もちろん、学生のうちから専門家へ営業目的で近づいたり、大量に名刺交換をしたりする必要はありません。
大学、実習、学会、勉強会などで出会った人との関係を大切にし、分からないことを適切な人へ質問できるようにしておく程度で十分です。
自分とは異なる専門性を持つ相談先が複数あると、一人では気づきにくい論点を確認しやすくなります。
人脈を増やすこと自体を目的にするのではなく、普段から誠実に人と関わることを大切にしてください。
学年別|学業を優先しながら無理なく進める
独立に興味があっても、学年によって優先することは変わります。
| 学年の目安 | 最優先 | 余力があればできること |
|---|---|---|
| 1~3年生 | 基礎科目・専門科目 | 経営や会計の入門コンテンツに触れる |
| 4年生 | CBT・OSCE等への準備 | 売上・利益・現金の違いを知る |
| 5年生 | 実務実習 | 学修目標を優先し、薬局運営にも関心を持つ |
| 6年生 | 卒業・国家試験 | 就職先の事業や働き方を公開情報から確認する |
特に4~6年生では、CBT、実務実習、卒業研究、国家試験などの負担が大きくなります。
独立準備のために、本来の薬学教育を犠牲にしないことが大前提です。
経営の勉強は、試験勉強の合間に本を1冊読む、興味のある記事を読むといった小さな取り組みからで構いません。
独立しなくても役立つ準備はある
ここまで独立をテーマに説明してきましたが、5つの準備は独立する人だけのものではありません。
たとえば、会計や薬局の収益構造を知れば、自分が勤務する会社・薬局の事業を理解しやすくなります。
人材・組織について関心を持てば、将来管理薬剤師やマネジャーになったときにも役立ちます。
地域ニーズや薬局機能について考えることは、どのような薬剤師として働きたいかを考える材料にもなります。
独立するかどうかを学生のうちに決める必要はありません。
経営を少し知っておけば、将来の選択肢を増やすことができます。
薬局経営に必要な知識の全体像は、次の記事で5領域に整理しています。
薬局経営に必要なスキルとは?薬剤師×中小企業診断士が5領域を解説
具体的に薬局を開業する段階の手順について知りたい場合はこちらです。
薬剤師が独立開業するためのロードマップ|資金・届出・立地・事業計画まで全解説
よくある質問
- 薬学生のうちから開業資金を貯めた方がよいですか。
-
将来独立したいからといって、学生のうちから開業資金全額を用意する必要はありません。実際の開業では自己資金だけでなく融資やリース等を組み合わせる場合があります。必要額も物件、設備、在庫、人員等によって異なります。在学中は資金の仕組みを理解する程度で十分です。
- 薬学生でも融資について勉強しておいた方がよいですか。
-
細かな融資制度まで覚える必要はありません。まず、開業資金は自己資金だけで用意するとは限らず、設備資金・運転資金・借入返済を合わせて考える必要があると理解しておけば十分です。実際に独立を検討する時点で、最新の制度や金融機関の条件を確認してください。
- 実務実習で薬局の経営について質問してもよいですか。
-
まず大学・実習施設が設定した学修目標と実習ルールを優先してください。そのうえで、指導薬剤師が説明できる範囲で、薬局の業務フロー、在庫管理、地域連携、職種間の役割分担などについて質問することは、薬局運営への理解につながります。非公開の経営情報や患者・従業員に関する情報を独自に調べる必要はありません。
- 将来独立するか分からなくても経営を勉強する意味はありますか。
-
あります。売上・利益・現金の違い、人材管理、薬局の収益構造、地域ニーズなどを知ることは、勤務薬剤師として会社や店舗の仕組みを理解するうえでも役立ちます。ただし学業を優先し、興味のある範囲から少しずつ学べば十分です。
まとめ|今は独立を決めなくてよい
将来独立したいと思っても、薬学生のうちから本格的な開業準備を進める必要はありません。
在学中におすすめしたいのは、次の5つです。
- 会計と数字の基礎に触れる
- 薬局の収益構造と調剤報酬の全体像を知る
- 開業資金と資金調達の考え方を知る
- 実務実習で薬剤師業務と薬局運営のつながりにも目を向ける
- 信頼できる相談先を増やす
どれも、今すぐ開業を決めなくてもできることです。
そして、独立しない場合にも無駄になりにくい知識です。
今は薬剤師になるための学修を優先しながら、将来必要になったときに経営を理解できる土台だけ作っておく。
それくらいの距離感で十分だと思います。
